試論「2つのたゆたうた、そしてKIYOHと田中悠美子について」(一ノ瀬響)
<<2つのたゆたうた、そしてKIYOHと田中悠美子について>>
田中悠美子氏との出会いはもはや前世紀となる1998年の出来事。高橋悠治氏から、氏が呼びかけを行って集まった邦楽器のグループ「糸」のために作品を書くようにとの依頼があり、そのグループで太棹三味線を弾いていたのが悠美子さんだったのだ。悠治さんは、作曲に先だちそれぞれの楽器について学ぶようにといって、メンバーすべてを紹介してくれた。僕は三味線演奏家の高田和子さんのレッスン室ではじめて悠美子さんに出会い、おふたりから三味線のレクチャーを受けた。和子さんの神経質といってもいいほどの細く鋭い音と、悠美子さんの太棹から響いてくる生命力は好対照をなしていた。
そのとき僕が作曲し草月ホールで演奏されたのは「夢がひとつ。」という作品で、演奏者の裁量に委ねる部分を多くふくむ図形楽譜で書かれたものだった。悠美子さんは、楽譜で指定した音楽を十分に理解した上で、僕の想像をはるかに超えた演奏をしてくれた。僕はそのときなぜだか唐突に「この人はソウルフルな音楽を志向している」と感じたものだ。唐突に湧いてきた「ソウルフル」という言葉の意味は深く検証せずに。
第一の「たゆたうた」の話。
今世紀に入り、悠美子さんは「たゆたうた」というソロアルバムをリリースした。これはちょうど僕が「Lontano」をリリースした翌年で、2004年のこと。ふとしたことからこのアルバムを手にして聴いた自分は、その幽玄な世界に深く魅了された。何度も何度もリピートして聴いた。そして、ちょうど計画中だった「Lontano」のリリース記念コンサートに、悠美子さんに来てもらうことにした。エレクトロニカという文脈で僕の音楽を捉えていた若いリスナーの子達に、悠美子さんの音楽をぶつけてみたかったのだ。
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第二の「たゆたうた」の話。
そしてまた数年が経ち、2009年ごろだっただろうか、悠美子さんから、ご自身の活動の総決算にあたるようなシアター作品を作りたいという相談をもらった。僕は二つ返事で引き受けた。
が、全く類型のないシアター作品の劇中音楽の制作は混迷を極めた。悠美子さんの頭の中からは次から次へとアイディアが溢れ出してくる。安珍・清姫伝説を下敷きにしつつもその表出の方向性はあまりに多様なものとなり、ダンサー(鈴木ユキオ)、東西の名即興ギタリスト(大友良英+山本精一)、らを巻き込み、次々と発火していくようだった。広がり続ける風呂敷を睨みながら僕は悠美子さんと一緒に劇音楽を作っていくことになったのだが、それはなんともスリリングな経験だった。このシアター作品には「水」のイメージが多くあらわれる。全体を貫く「水」のイメージを受けて作られた電子音のバリエーションによって、拡散し続ける作品世界をなんとか引き締めることができたのではないかと考えている。
シアター作品「たゆたうた」は2010年の冬にアサヒアートスクエアにて初演された。
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そして、発売されたばかりのDVDに収録された作品「KIYOH」について。
そもそもこれはいったいどのような映像作品なのだろうか。まず重要なことは、これは上記シアター作品「たゆたうた」の単なる記録映像ではないということだ。パフォーマンスの録画データを主要な素材としながらも、それをDVD(データとしての映像)というフォーマット上に展開させ結実させた新たな作品と考えるべきだろう。これも悠美子さんの独創、というか力技なのだが、実は、公演時の映像に対して音声を録音し直したり、新たな映像や音声を加えたり、通常考えられる「ライブ盤」にとっての「禁じ手」を躊躇なく投入している。そのために、オリジナル公演がそうであったように、結局、映像作品としても類型のない、なんとも名づけ得ない奇妙なものが出来上がった。ご本人の言葉を借りよう。
(「ミュージックパフォーマンス」ブックレットより)
「ある種の統合の方向に向かっている」結果として、今回の映像作品のタイトルは「たゆたうた」からより対象をはっきり指し示す「KIYOH」になったと考えていいだろう。いうまでもなく「KIYOH」は清姫、あの『安珍清姫』『道成寺』の物語のヒロインのことだ。これは、たゆたわず、「清姫の立場に立つ」という宣言と捉えることができるのではないか。
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第一の「たゆたうた」に見られた、幽玄さ、寡黙さ、沈黙への傾斜は、第二の「たゆたうた」の自由奔放な身動きとは一見一聴、相入れないように感じられる。ところが、今回はっきり理解したことなのだが、これらに同一のタイトルを与えてしまうというところこそが、田中悠美子のバイタリティなのだ。そこに「夢がひとつ。」の感想として突如湧いてきた「ソウルフル」という言葉を並置してみたとき、僕には、田中悠美子の方法論と美意識が以前よりもはっきりと見えてきた気がした。表層のスタイル、ジャンルには全く興味を持っていない彼女は、自己の経験と技術とアイディアを武器に、これからも未踏の領域を辿っていくことだろう。
一ノ瀬響
2017年7月14日